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2011年5月

2011年5月30日 (月)

超こえ~

今日は関東のラリー屋にはお馴染み、群馬サイクルスポーツセンター…略して群サイの練習会に参加してきた。同コースがたまに行なうフリー走行日に、チームNRSのみんなで走りに行こうってことになったわけだscissors

まぁ知ってる人は知ってると思うけど、このコースは普通のサーキットと違って林道風のコースっていうのがウリ。その点じゃラリー屋さんにはいい練習になるコースだと思う。ただ、林道として見れば比較的広めの道だけど、サーキットみたいにエスケープゾーンはゼロ。飛び出せばガードレールや金網フェンスにモロに激突することになるbearing しかも4速踏みっきりで踏んでいけるコーナーもあるし、正直、かなりリスキーなコースだと思う。ラリー屋にとっちゃ、それだけ林道SSの練習にはなると思うけどね。

自分としては取材でたまに来ることはあったけど、自分で走るのは数年ぶり。しかも本日は台風2号が日本に近づいてる真っ最中で、当たり前だけどすげードシャ雨(笑)。路面には落ち葉も落ちてるし、雨が川になってるところもあるし、コーナーのイン側に水たまりができてるところも多い。午前中はそうでもなかったけど、午後になるともっと雨が酷くなってきて、至るところでハイドロが起きまくる。ブレーキングのときにスカッって感じでハイドロになると、もうキ●タマが縮み上がるぐらいビビッちまう(爆)

ただでさえターマックは苦手(つーかヘタsign03なのに、しかもウェットでこんなコンディション悪かったらもーサイアクだcrying

とは言え、参加料も支払ってるし、その分は走らなきゃ損だっていうさもしい考えもある(笑)。今回出動したのは足グルマでもあるマーチ。幸いsign02 タイヤはラリータイヤを履いてきた。いつもマーチで舗装を走るときはラリータイヤで、特にフロント2分山、リヤバリ山が最高だ。適度にリヤが流れるから、舗装を走ってもダート感覚で走れる。ま、タイヤの山がもっと減ってきてリヤもグリップするようになるとそうもいかなくなるんだけどcoldsweats01

で、今回はフロント2分山なんだけど、リヤも5分山ぐらいでイマイチ流れにくい。しかも、ヘビーウェットだからフロントもいつ流れても…つまりいつアンダーが出てもおかしくない状況。というわけで、ガンガンに振り回す走りはできず(泣)。何とか2カ所あるヘアピンだけはサイドで滑らせてひとりで遊んでたけど、それだってビビリながらだからイマイチ。

まぁ「しょーがねーから乗ってやるよ」的な感じで御大に乗ってもらったら、逆にそのビビリが功を奏したのかhappy02いつもの激しくロスする走りがなくて「まぁいいんじゃないsign02」的な評価ももらった。いつも御大に横に乗ってもらうと、走り出して2~3コーナーで「失笑」されてしまうオレとしては、結構嬉しかったりする。今回は某メーカーの偉い人sign02にも助手席から走りを見てもらうこともできたし、まぁ社交辞令だとは思うけど誉められて嬉しかった。

それにしても、今回はこんな天候だし、走りに来るのってオレらだけかと思ったら、なんと30台近くも参加してた。もっとも良く考えたら、オレらは当日受付で走ったんだけど、みんなは事前に申し込んでたみたいだね。事前に申し込んでたら、そりゃ槍が降っても走りにくるわな(笑)

P1000444

現場では群サイ社長やTAG会長でもある社員のサ●キとも久しぶりに話ができたし、シャフトから参加してたE君やKさんとも会うことができた。中には派手なクラッシュをしたヤツもいたけど、とりあえず楽しかったよ。それにしても、このコンディションでシルビアとかで走ってるヤツもいたけど…スゲー根性だ(笑)

P1000445

ぜひ見習いたいもんです(汗)

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2011年5月26日 (木)

自業自得か…

この前、舗装専用練習車であるスーパーラグジュアリーマーチ(笑)を運転してて、何気なくサイドを引いたら、左ターンはちゃんと効くのに、右ターンはリヤがロックしなくなってしまった。
(自宅の周辺にそういうターンセクションがあるのでhappy02

sign02 おかしい…。
最初はパッドがイカれたかタイヤがどうにかなっちまったと思ったんだが、とりあえず左リヤのブレーキを点検してみると…。
なんとパッドがオイルまみれになってるじゃねーのsign03
つまりリヤキャリパーからのオイル漏れってわけだcrying

で、さっそくN●Sにリヤキャリパーシールキットを注文。
ガレージを借りてリヤキャリパーをオーバーホールしてきた。
とりあえずオーバーホールは無事に終了。
本当は全バラしてサイドブレーキ系統とかのシールも換えたかった。
だけど、それをやるとヒジョーに面倒くさいので、とりあえずピストンのシールだけを交換することにした。
まぁそこまでは良かった…。

で、全部を組み付けてあとはエア抜きを…と思ったら、なんと右前後のブリーダーが緩まない。
レンチで回したら、完全にナメってしまった。
ブリーダーが緩まなきゃエア抜きができないから走るのは無理。
「じゃパイプレンチを使ってみな」
という御大のアドバイスでチャレンジしてみるがやっぱりダメ。
「じゃバーナーであぶってみたら?」
というさらなる御大のアドバイスでハンディバーナーであぶってみるが、リヤはなんとか緩んだものの、フロントはどうしても緩まない。
(ホースやダストブーツが熱でイカレそうだったので、エキマニ用の遮熱用バンテージを巻いて作業した)。

もう時間はかなり遅い。
今からキャリパーを注文しても当日中に交換するのは無理だ。
時間の問題を無視しても、キャリパーを交換するとそれなりの諭吉さんが飛んでいく。
で、そこでひらめいたのが「いっそのことフロントブレーキをAK用に換えたら…」ってこと。
だったらN●Sにも部品がそろっている。
もちろん無料じゃないけど一応中古部品なので、まぁそれなりの価格で提供してくれることに。
それならキャリパーの新品価格プラスアルファで装着できる。

AK用のブレーキはHK用のブレーキに比べてローター径もでかいしパッド面積も大きい。
御大にはいつも「ブレーキは逆エンジンらからね。ブレーキングのときに、それだけ短い距離で停まれるんだから、パワーアップしたのと同じ効果があるんだよ」と言われている。
それを使いこなせるかどうかは別にしてcoldsweats01とりあえずそいつは嬉しい。

ただ「雪道じゃフロントが効きすぎてすぐロックしちゃうかも」っていうアドバイスももらったが、まぁそのときはそのときだ。
本当はブレーキの前後バランスを考えればフロントはあまり強力にしたくなかったんだが、今回は背に腹は代えられないってヤツ。
どうせ雪のときはサイドを多用してるしbleah

というわけで無事にフロントブレーキがAK用のでかいやつになった。

ただ…
作業は何だかスゲー大変だった。
あちこちのボルトやナットが固着してて、スゲー緩みにくい。
ほとんどが錆ていた。
AK用のブレーキに変更するにはナックルも換えなきゃダメで、ドラシャも抜かなきゃいけないんだけど、それもスゲー硬かった。
ガンガン叩いても抜けず…。
スプラインが錆で固着していたようだ。
仕方ないのでドラシャをミッションから抜いて、ナックルとドラシャを一緒に外し、何とかドラシャだけ抜くことができた。

きっとキャリパーのブリーダーが緩まなかったのも、そのせいかもしれない。
まぁこのマーチを入手したのが6万キロ。
で、今は18万キロに届こうとしているけど、その間にエア抜きはもちろん足回りの脱着なんてまったくやっておらず…。

で、御大が一言…
「雪道から帰ってきてちゃんと洗ってなかったんじゃない?」
ガーンsign01
そっかsign03 塩カルかぁweep
先日のサイドシルの下回りの錆もそのせいだった…。
何年も雪道走ってそのあとはほとんど何もやっていなかった。

雪道を走ったあとは、
ちゃんと下回りを洗車しておこうsign03
を痛感したのでした…。
でも、ということは今回のトラブルは

自業自得ってことでしょうかcrying

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2011年5月23日 (月)

ひむかと言えば…

今日は丸和で「あ~、今頃みんな楽しく走ってるんだろーなーcrying」って思いながら地区戦ダートラの取材をしてきた。
まぁ取材は無事に終了。
でも、取材してたら「ブログ読んでますよ~」なんて選手もいて意外だった。
まさか地区戦ダートラの選手にも読まれているとは…。
やっぱヘタなことは書けないなhappy02

午後は雨になったけど、ウェットでも結構タイムアップするんだね。
ちょっと意外だった。
でも、その昔キャロッセエースドライバーだった某桜井さんも「雨になると砂利の表面のホコリが洗い流されて逆にグリップすることがあるんだよ」なんて言ってたこともある。
ま、1本目は単なる「ぬるい走り」をしてたヤツもいたのかもしれないけどcoldsweats01

もちろん「ひむか」の結果は大いに気になった。
土曜の夜は途中結果もしっかりチェック。
順当な順位のヤツもいれば「へぇ頑張ってるじゃね」っていうヤツもいて興味津々だった。
でも、丸和から帰ってきて最終結果をチェックしてみると…。

おおむね順当な結果だったと思う。
ヤ●ギはようやく3位に入ったみたいだし、メロンくんもしっかり完走したみたいだ(マ●シさんは残念でしたが…)。
ところがJN3の結果を見ていくと…

あ~ぁ、やっちゃったよ→ひできんぐ。
1日目の結果を見た段階じゃ「さ、さすがじゃねーか」って思ってたんだけど、取材から帰ってきて最終結果を見たらリタイヤだって…。
最初は「きっとまたミッショントラブルだろ」って思ってたんだけど、どうやらブログを見たら右フロントをクラッシュさせちまったらしい。
前回の四国に続いて「もったいない」ヤツの仲間入りを果たしちまったようだ。

(これは後日判明しましたが、本人からの訴えで、クラッシュではなくマシントラブルだったとかhappy02

セリカのMさんも残念でしたけど(またミッションすかsign02)。
逆に勝ったS根さんはさすがです。
ちゃんとポイントリーダーをキープしてるし。

で、ひむかと言えば思い出されるのが「ひえつき」でしょう。
何年か前に台風の被害に遭うまでは椎葉村を起点とした「ひえつきラリー」として開催されていた。
もう20年ほど前になるけど、初めてひえつきに出場するために椎葉村に行ったときは、すげーちっちゃい村でびっくりした記憶があるbleah
村の目抜き通りも端から端まで数百メートルしかないんじゃないかな。

だけど、ガソリンスタンドも3軒あったし、スーパーもある。
(1軒のスタンドなんかハイオクは手回しの給油機で入れてたけどcoldsweats01)。
もちろんメインの収入源は観光だから民宿の数は多い。
ラリーのときはみんなその民宿に泊まったもんだ。
確かいつだったかのひえつきのときは、椎葉の民宿に泊まったときに、日本代表のサッカーチームが初めてワールドカップに出場するのに、ブラジルだかUAEだかと戦ってる試合を民宿のテレビでみんなで見た記憶があるなー(結局ドーハの悲劇でダメになったけど)。

で、当時は良く話題になったけど、ラリーがスタートすると必ず村の中を通って行く。
そのときに、多くの村民が沿道に出てラリーの旗を振ってくれるのが嬉しかった。
今のひむかラリーでも同じような感じではあるけど、当時はほかにそんなラリーなかったから、スゲーやる気を出させてくれたっていう意味では有り難いラリーだった。

ラリーに使ったSSコースも、何となく走り慣れた群馬とかの道に似てる気がするんだよね(もちろん全線グラベルね)。
北海道みたいにやたらハイスピードでもないし、かと言ってクネクネの低速コースでもない。
ワダチは掘れるんだけど、ガレないからクルマのダメージもそんなに多くなかった記憶もある。
アベレージで言うと大体60に乗れるか乗れないかぐらいで、それぐらいのコースって自分としては走りやすい。
道幅も極端に狭いとか広いとかっていうこともないし適度な広さ(適度なっていうのがどれぐらいかっていうのも人それぞれかもしれないけど)。
何となく相性もいいって感じで、全日本の初メダルは91年のモントレーでアライにちぎられたときの銀メダルだけど(汗)、2個目のメダルは92年のひえつきだった(ま、そのときはまたしてもアライにやられて銀メダルだったけど)。

でも、92年のひえつきは痛快だった。
っていうのも、当時のBクラスはいすゞワークスが幅を利かせていて、アライに北海道の坂さん、京都の小西さんっていうジェミニ勢3台がいつもトップ争いをしてる感じだった。
92年のひえつきも序盤はいすゞのワンツースリー体制だったんだけど、確か坂さんは指の骨を折ってるのに走ってて(それもスゲーけど)イマイチ。
小西さんも何かやったんじゃないかな。
で、結局アライはブッちぎりで優勝したけどオレが2位で、3位に小西さん、4位に坂さんってことになって…
つまりオレがいすゞのワンツースリーフィニッシュを邪魔することになってしまったわけで、表彰式のコメントでも「T柳監督、邪魔してすいません」って謝った記憶があるhappy02
もちろん坂さんも小西さんも普通に走りゃオレなんか勝負できないぐらい速いんだけど。

ま、その後は一度もひえつきでメダルは獲ってないんだけどbleah、オレとしては相性がいいっていうか、好きなラリーのひとつだった。

あ、もちろん今のひむかラリーだっていいラリーですよ(爆)。
でも、また椎葉をスタートのラリーを走ってみたいな~と思うのはオレだけでしょうか…。
だって、ひえつきのスタート地点のすぐ近くには、上椎葉ダムっていう日本で最初の大規模コンクリートアーチダムがあるんだよね~coldsweats01
あの頃はまだダムのことは気にしてなかったし…。
ダムフェチになった自分が恨めしいぜ(爆)。
ま、上椎葉ダムについてはまたのちほど。

とりあえずひむかに参加したみなさん、お疲れさまでした。

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2011年5月17日 (火)

変わらねーな(笑)

先日は某雑誌の企画でスイフトを取材してきた。
ラリー、ダートラ、ジムカーナの各カテゴリーで活躍しているスイフトを集めて取材させてもらった。
取材自体は無事に終わったし、各カテゴリー別の違いも発見でき、非常に興味深い取材になった。
同じ車種でジムカーナ、ダートラ、ラリーとだんだん車高が高くなっていくのは面白かった。
ま、そのあたりの詳細はぜひスイフトマガジンでhappy01

で、ラリー車のスイフトを持ってきてくれたのが某キャ●ッセのヤナギ。
こいつは今はキャ●ッセの社員ドライバーとしてアジパシとかに出てるけど、全日本にデビューしてきた当時は完全にいじられキャラの若者だったhappy02
まだハタチそこそこぐらいだったと思うけど、まだキャ●ッセとは何の縁もない小僧で(笑)、CAミラージュに乗っていた。
確かいつだったかのモントレーが全日本デビュー戦だったと思うけど、もちろんそれまではまったくの無名選手で、たぶん当時のBクラスの連中は誰もマークしてなかったんじゃないかな。

でもタイムを見るとスゲー速い。
みんなも驚いてたんじゃないかな。
「おい、この柳●って誰sign02」とか
「誰sign02 こいつ」
「何者sign02
なんていうつぶやきがあちこちで聞かれたと思う。

まぁ内情はどうだったか分からないけど、そのときに当時のキャ●ッセ御大だったK勢さんの目に止まって「あの生きのいい若いの誰sign02」って感じでキャ●ッセ入りしたっていう噂もある。

ただ、酒癖の悪さsign02 もさすが群馬人って感じで、そんなに酒が強くなさそうなのに、ガブ飲みしちゃうもんだから、いつも表彰式では顔を真っ赤にして出てた記憶がある。
しかも、完全にベロベロになって酔っぱらってるからスゲー大騒ぎしてたような。
ま、表彰式でそうやって騒ぐヤツがいるから盛り上がったっていうのもあるんだけどねcoldsweats01

もっとも群馬のラリー屋の酒癖の悪さは今に始まったことじゃない。
その昔、今じゃ世界の何とかって言われてるジャイアン? の結婚式にお呼ばれしたことがあるんだけど、披露宴じゃ裸踊りはもちろん頭にはちまき巻いたヤツがぐでんぐでんに酔っぱらって大騒ぎしてたcoldsweats02
オレはあんな披露宴初めて見たので結構ショックだったhappy02
でも、ああいう豪放快楽な気質が速いドライバーを生み出すのかもしれないけど。

で、そのヤナギも今じゃ立派なキャ●ッセ社員&キャ●ッセワークスドライバー。
ただ…
「最近どーなのsign02
「まぁぼちぼちっすよ」
「そういや全日本に復帰したんだってsign02
「えぇまぁ…」
「どうだったsign02
「リタイヤっすdown
「なんでsign02
「イン側の側溝に引っかけて、踏んでりゃ出ると思って踏んでたんすけど、飛び出たら反対方向に吹っ飛ばされてコースアウトっす」
だと(爆)。

どうもそれまでは総合で3位を走っていたらしいのにもったいない。
でも、そういやデビュー当時のヤツも「走りきれば速いけどリタイヤも多い」っていう速いドライバーの典型だったもんな(笑)。
今回のリタイヤだって、話だけ聞くと初心者が良くやるパターンcoldsweats01
もちろんスピードの次元は圧倒的に高いんだろうけどね。

いや、変わらねーな(でもそれが嬉しかったりする)。

もうヤナギもいい歳なんだろうけど、いつまでもそのまま突っ走って欲しいもんだ。
寂しいけど、今はそういう勢いのあるヤツって少ないし…。

ちなみに
「ブログはやらないのsign02
「やりませんよ」
「ふ~ん、今時珍しいね」
「そうっすかsign02
「何でさ」
「面倒くさいっしょ」
「まさかネットも見れないって言うんじゃねーだろうな」
「さすがにネットは見れますよ(笑)」

良かったよ、

とりあえず時代遅れになってなくて(笑)。

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2011年5月11日 (水)

久しぶりに赤っ恥かいた

昨日は神奈川陸事で車検を通してきた。
この前はパルサーの車検を通したし、マーチの車検は来年なので、もちろん自分のクルマではない。
娘ふたりはすでに免許も取得していて、家族でキューブをシェアしてるらしく、そのキューブの車検を頼まれたわけだ。
正直、これまでは父親としてロクなことはしていない。
娘がふたりともオートマ限定免許っていうのは許せないが、せめてクルマ関係だけはしっかり面倒を見てやろうってわけだhappy01

というわけで、とりあえずクルマを受け取って1日かけてメンテナンスする。
と言っても洗車場で下回りをスチーム洗車して、エンジンオイルとエレメントを交換したぐらいだけど。
それでも、以前に駐車場で車停めの縁石に引っ掛けたらしく、左フロントの泥除けがもぎ取れていたのでそれをつけなおしてやり、さらにボディ周りは細かい傷だらけだったので、それも水ワックスでできるだけ落としてやる。
普段はどうせエンジンオイルなんてロクに交換してないだろうし、下回りなんて見てないだろうから、その意味では多少は役に立った…と自分で自分を納得させる。

そのキューブ、年式も平成18年で、まだ5年ぐらいしか乗っていない。
ラリー車なら新車同様だ(笑)。
これは間違っていたんだけど、恐らく事故もしていないだろうってことで、アライメントやライトの光軸なんかも狂っていないだろうと予想。
予備検もなしで受験することに決定する。
ラリー車だったら必ず予備検は受けるんだけど、走った感触もラリー車と違ってまったく違和感はなく(笑)、ハンドル位置も直進状態を保っている。
ラリー車なんかまず確実にサイドスリップなんか狂ってるだろうし、ヘッドライトの光軸だって狂ってるだろうからねcoldsweats01

で、当日にラインに入ると…

ラインにはスピードメーターの検査で40キロでライトをパッシングするテストがあるんだけど、いつもだったらすんなり通る検査が、今回はいくらパッシングしても無反応。
この段階でかなり焦るcoldsweats02
ダメならダメで×がつくはずだけどそれもつかない。
ヘッドライトはHIDだったので、もしかして光量が足りないのかと思い、少し長めにパッシングをしてるんだけど、それでも無反応。

そのうちしびれをきらしたのか、ついに検査員のおじさんがやってきた。
「あ~ダメだよ。機械は人間じゃないんだから、多少長めにパッシングしてやらないと反応しないよ」
え~sign02、ちゃんとそうやってたんだけど…。
でも、そのおじさんが「もう一度やってみて」と言うのでやってみたら、あっさり○が出た。
オレとしては「何度やっても×だろ」なんて思ってたので愕然…。

一体どういうことsign02sign02
とりあえずその場では「はい、そうですか。はい、はい」とおとなしく従ってたけど、正直、検査ラインは何度も通ってコツもわかってるつもり。
その間に前のクルマはとっくにいなくなってるし、後ろにはスゲー行列。
なんだか自分が超初心者みたいに思われたようで、情けなかった。
もちろん、それ以外は問題なく車検は通過したけどね。

でも、あとから娘に聞いたら…
どうやら以前にやっぱりコインパーキングの跳ね上げ板に引っ掛けてフロント周りを大破させたらしい。
そのときに、どうせ保険で直すってことで、ヘッドライトもハロゲンだったのをHIDに交換してもらったようだ。
まぁ今回の車検では問題なかったけど、そういうことは先に言ってくれよなsweat01

それにしても、HIDってやっぱり光量が足りないんかな。
以前もダイハツチームで走ってたときに、補助灯にHIDを使ったことがある。
まぁHIDの出始めの時期だったから、今よりもっと光も青っぽかったけど、何しろ路面が見にくかった印象がある。
確かに明るいんだけど、逆に明るすぎてコントラストがなくなっちゃうんだよね。
つまり路面の凹凸がスゲー見にくかったわけ。
特にウインターラリーのときは路面も白いってことで余計に見にくかった。
ハロゲンの多少黄色い光って意外に見やすい気がする。

それにしても、今回は久しぶりにスゲー赤っ恥かいてしまった…

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2011年5月 4日 (水)

ツール・ド・四国

全日本ラリーも第2戦が無事に終わったようだ。
まぁ厳密に言えば無事じゃないクルーもいたようだけどsweat01
第2戦は四国での開催で、去年まではターマックラリーだったけど、久しぶりにグラベルラリーで開催されたらしい。

でも、四国のラリーと言えば思い出すのはやっぱり「ツール・ド・四国」だ。
今の若いラリー屋さんには分からないかもしれないけど、ツール・ド・四国と言えばハードなグラベルラリーっていう印象が強い。

オレが初めて全日本フル参戦を果たして、初めて6位に入賞したのもツール・ド・四国だったから、その意味でもツール・ド・四国は思い入れがあるラリーだ。
もっとも、2駆部門で走ってたときには完全ターマックになってたってこともあるけど、四国のラリーでいいことってあまりなかったんだよなーcrying

ま、そんなことはどうでもいいけど、あの頃の全日本ラリーはスゲー人気があって、エントリーしては不受理っていう時代が続いていた。
今じゃ不受理なんて考えられないけどねhappy02
2駆部門の最後の時期は60台オーバーのエントリーもあって、不受理になった若いドライバーもいたそうな。

だけど、そういう若いラリー屋は、自分が不受理になった理由が分からずスゲー怒ってたっていう話を聞いたけど、不受理にするのは主催者の完全自由だし、たぶん実績がないから不受理になったと思うんだけど、昔は若手が全日本にエントリーしても不受理になるのが当たり前だった。
その意味じゃ今の若手は幸せだと思うんだよな~。
エントリーすりゃ大抵は受理されるもんな。
オレらの時代は「まず受理されること」が最初の関門だったんだよね。

その頃のオレのメインは地区戦で、当時のBC地区戦は年間12戦。
今じゃ考えられない戦数だけど(笑)、それに全戦参加してたんだから、それだけでかなりの資金を必要としていて、とても毎戦全日本にエントリーするカネもなかった。
一応、バブル期の絶頂の頃だったから、スポンサーなんかも地区戦のくせに結構ついてくれて(と言っても物品支給だけだったけど)、それで全戦参加できたっていうのもあるんだけど、それでもエントリー費や遠征費は自分持ちだったし、やっぱり経済的にはかなり辛かった。
でも、それでも「いつかは全日本sign01」って思って地区戦のタイトルを目指して頑張っていたわけだ。

なので、関東で開催される人気イベントの「モントレー」だけは、地区戦の常連メンバーもエントリーするのが習わしsign02 になってたんだよね。
どうでもいい話だけど、今をときめく世界のアライだって、ギャランVR-4の頃は地区戦では常勝ドライバーで「新群スペ」とか言われてたけど、全日本に出りゃやっぱりコテンパンにやられてたもんねhappy02
ま、今のヤツにそんなこと言うと「そんなことねーよ」って怒るかもしれないけど(笑)。
でも、そういう経験があるから当時の地区戦ドライバーも成長したんだと思うんだよね。

ただ、オレの場合、全日本にエントリーするのは、せいぜい毎年関東で開催されるモントレーが精一杯で、ほかの全日本なんかとてもじゃないけどエントリーできなかった。
だけど、ネンイチの全日本だってスゲー勉強にはなった。

なんとか受理されたある年のモントレーにはマーチRで出たんだけど、自分のヘマで根石に足回りをヒットして、ロワアームを壊してリタイヤしたことがある。
なんとかコース脇の後続の邪魔にならない場所に停めて、仕方ないからそれからはギャラリーすることにしたんだけど、当時はAクラスから出走していて、オレらはBクラスだったから、あとからギャランだのブルーバードだのレガシィだのっていうCクラスが来るわけ。
でも、それまでナマで全日本トップ連中が林道を攻める走りを見たことがなかったから、彼らの走りはスゲーカルチャーショックだった。

その林道もマーチRでも一杯一杯っていう狭い林道だったんだけど(あ、もちろんダートね)、そこをあのでっかいギャランがもの凄い進入スピードで思い切りフェイントかけながら真横になってドリフトして進入していくわけ。
たぶんギャランだったらスピンしたら道を完全に塞ぐぐらいの林道なんだけど、今までそういう走りを見たことがなかったから、全日本のレベルの高さを痛感したと同時に「オレには一生無理」って思ったもんだし、自分のテクニックがいかに未熟かっていうのも痛感したよね。

おっと、話がそれちまったけどcoldsweats01、そんなこんなでその数年あとに何とか全日本にもフルエントリーすることができるようになった。
だけど、ツール・ド・四国にはぞっとさせられたねbleah
(結局地区戦チャンピオンは獲れず。クルマは相変わらずマーチRだったけど)

去年までは日本一長いターマックSSとして知られてる林道も当時は全線ダートだった。
当時はあの林道を何本かに区切ってSSを設定してたけど、当時も昼間からSSをやらせてくれてて、時間調整でクルマから降りて道路脇に立つと…。
崖の下を見るとスゲー断崖絶壁。
しかもガードレールなし。
舗装された今でもそれは変わらない部分はあるけど、「こんなところを全開で走らせるなんて、さすが全日本は厳しいぜ」って思ったもんだし、そんな場所に自分がいられるっていうのも、何だか凄く嬉しかったことを覚えている。

結果としては6位だったけど、表彰式では初めて壇上に上がって、メディアの人も物珍しかったのか「これからの豊富を聞かせてください」とか何とかっていう質問とかもしてくれて(もう今となってははっきり覚えてないけど)、もう緊張しまくりで何を言ったかまるで覚えてないけど、6位でもスゲー嬉しかったし「あぁこれが全日本なんだな。オレも全日本ドライバーのひとりになったんだな」っていうのを実感した(爆)。

今の若いラリー屋さんにも…

ぜひそういう気持ちは体験してもらいたいもんですが…

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