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2011年9月

2011年9月24日 (土)

さすが群馬のラリー屋

先日はうちのラリーチームサクセスのチーム員で、今は某ア●ックスで世話になってるオレの主治医でもあるAさんがラリホに出るっていうことで、その壮行会も兼ねて飲み会をやった。

当日集まったのは、ことしからフィットでJN2に参戦するキンと、全日本ダートラじゃN1にNSXを走らせてるモベルのモロちゃん、それに先日の福島の全日本ラリーじゃJN2で劇的な優勝を飾った大ちゃんナビのつゆきんぐ、それにAさんとオレの5人。
やっぱりラリー屋の飲み会ってのはいいね。
みんな目指してるところが同じだから話が合うっつーか。

ただ、さすがに「仏のワカちゃん」で通ってるオレも? 先日の群馬の飲み会には閉口した。
どうやらキンが群馬での飲み会に参加したらしいんだが、その席になぜかアキラが…。
オレはその飲み会のことはまったく知らなかったし参加もしてないんだけど、夜中にいきなり携帯が鳴った。
「あ、100円さんすか? 今から来ませんか? 一緒に飲みましょーよぉ」
「えっと…どちらさんで…」
「やだなぁ、オレっすよ、オレ」
「……」
こんな夜中に一体どんなフテー野郎だと思ったが、とりあえず下出に出てると、ようやく相手がアキラっつーことが判明。
「て、てめー、一体何時だと思ってんだ!」
「あははは、いやね、隣りにキンがいましてね、100円さんを呼べってうるさいんすよ~」
「な、なんだと?」
もちろんオレは横浜、相手は桐生、とても気軽に「じゃぁ今から」っつーわけにはいかない。
まったくキンのやろーは何を考えてるんだか…。
「い、いや、オレは何も言ってないっす…。アキラさんが勝手に…」
「いやぁ100円さん、キンがうるさいんっすよ、偉そうなこと言ってる100円さんをここに呼べって(笑)」
「う、うるせー、今から行けっか。バカやろー」
まぁほとんどはアキラの造作だとは思ったが、正直、羨ましいと思ったのも事実。

最近はラリー屋で飲み会ってのもやっていない。
ラリー屋が集まってバカ話することほど楽しいこともないしな~。

なので今回のサクセスの飲み会も、スゲー楽しかった。
本当はAさんはオレの主治医のはずなのに、高血圧でコレステロール満載のオレと一緒に焼き肉屋で飲むっつーのもどうかと思ったんだけど(笑)。

Aさん、ラリホ、頑張ってくださいね。
くれぐれも前ゼッケンのIさんデミオに負けないよーに(爆)。

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2011年9月23日 (金)

やっぱ下道だろ(笑)

先日、ヴィッチャレの取材で富山まで行ってきた。
まぁ取材は無事に完了した。

生メロンちゃんの、さらにナマの姿も見れたし(爆)、某JN4全日本ナビチャンプにも会えた。
メロンナビTクンの意外な一面も知ることができたし? 前夜祭では某編集部のま●もさんのお父さん的頼れる存在っていう一面も見れた。
主催者のゼロカーをやっていたM川さんや、当日来ていたおさむちゃんともビールを片手にいろいろな話をすることもできた。
M川さんの意外な一面も知ることができたし? まぁ有意義な取材だったと思う。
おさむちゃんのクルマに対する考え方も聞かせてもらって、スゲー参考にもなった。

ただ、本題はここから。
取材の内容はもちろん某P●誌を読んで欲しいんだけど、とりあえず終わってからの帰り道をどうするかって話になった。

オレは競技車のヴィッツを陸送する役目で、ま●もさんは自分のアウトランダーで来てたんだけど、何しろ前日の夜はイオックスのコテージに生々メロンちゃんを除くオレ、ま●もさん、Tクン、ネンクのNクンの野郎4人で宿泊。
前夜祭もあったんだけど、そのあとも必然的にコテージでラリー談義に華が咲き…。
ラリー当日の日曜は完全寝不足。
で、そのまま帰らなきゃならないことになり…。

ま●もさん「じゃぁオレは高速で帰るよ、100円さんはどーする?」
オレ「じゃぁ、オレは松本まで下道で行きますよ。高速だと眠くなっちゃうかもしれないから」

ってことで別行動で帰還することに。

往路は関越→上信越道→長野道→北陸道→東海北陸道→福光ICっていうルートで行ったんだけど、高速を使うならその逆走になる。
で、オレのこれまでの経験からして、松本までは高速も下道もそれほど時間は変わらない。
だったら松本まで下道で行って長野道→中央道で東京まで帰ってくればいいかなって思ったわけだ。

イオックスから松本までは裏道の峠道とかを通って下道でおよそ160キロ。
高速を使うと北陸道→上越ジャンクション→松本はおよそ300キロ。
下道ならアベ60で3時間弱、アベ50なら3時間強だ。
たぶん頑張れば? それぐらいのアベレージにはなる。
で、高速ならアベ100で3時間。
っつーわけで、時間が変わらないなら高速代は少ない方がいいに決まってる。
しかも下道なら峠道がほとんどだから眠くもなりにくい。
というわけで下道コースを選択したんだけど…。

安房トンネルまではそこそこいい感じだった。
だけど、どういうわけかでっかい荷物を積載したトレーラーがたくさんいて…。
アベレージは激減。
でも、何とか松本までは3時間ぐらいで到着したんだけど…。
松本インターまであと少しってところでま●もさんから電話が。
「今どのへん?」
「あ、え~と、あと20分ぐらいで松本インターです」
「がはは、こっちはもう小諸インターだよ」
げっ、何てこった。
ま●もさんの方がムチャクチャはぇ~。

う~む、良く考えたら高速だと佐久ぐらいまでと時間が同じだった。
しかも当日の中央道は3連休ってこともあって上りが激混みで、大月から先の渋滞が3時間以上(泣)。
本当は松本に着くぐらいになったら渋滞も解消してると思ったけど甘かった。
なので、結局松本インターから更埴ジャンクションを経て上信越道→関越っていうルートで帰ることに…。

結果としてはオレはスゲー遠回りをすることになり…。
高速ルートの方1時間以上速かったことになったわけで、オレとしてはかなりのショックが…(笑)。

でも基本的にはオレのコンセプトとして「渋滞してるより、時間がかかっても流れてる裏道を行く」っていうのがある。
確かに今回は完璧に高速の方が速かったけど…。

やっぱラリー屋なら下道っしょ。
初志貫徹!
これからもガンガン裏道行くど~!

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2011年9月11日 (日)

さすがプロ

オレは吸気系に慢性的なトラブルを抱えている。
で、たまたま元チームメイトの某ラリードライバーが吸気系の専門医だったこともあって、ここ数年はその人に主治医として身体のメンテナンスをお願いしている。
もっとも、その人はマシンメンテナンスに関してはズブのシロートなんだけどね(笑)。

で、いろいろ事情が重なって血液検査をすることになった。
いつもは看護婦さん…いや、今は看護士さんって言わなきゃいけないんだっけ? がやってくれるんだけど、今回はその主治医の先生が自ら採血してくれるっていう。
正直、オレはその先生のドライビングを見ていると「この人は細かい作業が苦手」というイメージを持っていた。

だって、確かにアクセルはガンガン踏むタイプのドライバーなんだけど、
「あのギャップはもう少し抑えた方がいいんんじゃないかなー」
「え? そお? 自分じゃスゲー抑えてるつもりなんだけどね」
「いやいや、あれじゃクルマが何台あっても完走できないと思うけど」
「そーかなー」
っていうぐらいイケイケのドライバーなわけだ。

確かにラリードライバーとしては、それぐらいイケイケじゃないと林道でタイムは残せないっていう面はある。
林道はサーキットと違ってエスケープゾーンもないし、2回レキをしただけで全開で攻めなきゃいけないから、それぐらいリスクを背負って踏んでいかなきゃならないからだ。
ギャップなんかもフツーだったらガクッて車速を殺すようなところをガンガン踏んでいってしまう。
でも、そんな走りをしていたらクルマの方が根を上げてしまう。
とても完走できたもんじゃない。
「医者やってるのにアタマ悪いっすねー」
がオレの口癖だ。
しかも、自分では全然そう思ってないから始末が悪い(笑)。

確かにあのスピード感は大したものなんだけど、抑えるところはきっちり抑えて、踏むところはきっちり踏むっていう走り方をしなきゃ成績は残せないと思う。
まぁうちのチーム(サクセス)にもそういうドライバーってたくさんいるけどね(笑)。

だから、その先生が注射器を持ってるとスゲー不安になる。
もちろん、本人の名誉のために言っておくと、その先生はある大病院で内科部長も務めたこともある偉い先生(と言っても年齢はオレと同い年なんだけど)。
でも、その先生が注射器を持ってるところなんて今まで見たことがない(内科医だし…)。
しかも走りがあんなだから、とてつもなくがさつな人なんじゃ…って思うわけ。
なので「え? おいおい、大丈夫か?」ってことになる。

「あー、オレ注射器握るの久しぶりだからなー」
「あ、なんか血管細いねー、ここはダメだからこっちかなー」
「いや、それともこっちにすっか」
「まぁ3回までだったらいいっしょ(笑)」
なんておどかすもんだから、もうこっちとしてはもう「やめてくれー」状態だった(笑)。

でも、さすがだと思ったのはそれから。
「はい、ちょっとチクッとするからねー」
なんて言って、覚悟を決めてたら、確かにちょっとチクッとはしたんだけど、いつの間にか針が深々と刺さってるじゃないの!
以前に「医者は患者の痛みを分かってたら治療はできないんだよ」なんて言ってたから、もうスゲー激痛を予想してたらなんとあっさり終了。

「たかが採血で大げさだな」と思うかもしれないけど、オレにとっては一大事(笑)。いや、さすがプロだなーと思って感心した。

でも、その繊細さが走りにも活かされたら…

もっと成績出ると思うんだけどなー(爆)。

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2011年9月 5日 (月)

たかとしさん、おめでとーございます

洞爺湖のラリーも終わったようだ。で…
ななな、なんと!
どうやらリザルトを見ると、我らがメディアの星、たかとしさんがJN1で優勝してしまったらしい。

たかとしさん! おめでとーございます!
いやぁ正直、メディア仲間の間でもいろいろ噂になっておりました。
「今度の洞爺湖ってたかとしさん出るらしいよ」
「へぇ、なんか最近ラリー頑張ってるみたいだもんなぁ」
「なんかラリーが終わったらそのままクルマを北海道に置きっぱなしにしてラリホの取材車にするんだって」
「はは、あの人らしいな(笑)」
「でも、もしかして優勝なんかした日にゃ、オレら簡単に口きけなくなるな(爆)」
「え~、まさかぁ」
「そのまさかって、簡単に口がきかせてもらえないってこと? それとも優勝するってこと?(笑)」
「い、いや、一応後者ってことで…」
「そ、そーだよなー、まさかなー…でもホントに勝ったら…」
「どーする?(爆)」
なんて会話があちこちの編集部で聞かれたとか聞かれなかったとか…。

どーやら、そのまさかになってしまったようです。
たかとしさん、さすがです、尊敬します。
お願いですから僕らのことを「あ、君たちは遅い平民かね?」なんて言わないでくださいね。
今度、ダートの運転教えてください。
とりあえずおめでとーございます。

ちなみに本日は中部ラリーセミナーの取材で荘川に行っていたんだけど、土曜の深夜に某編集部を出発。
中央道が通行止めだったので、東名回りで夜通し走って朝からセミナーの取材をした。
(ちなみに関越→上信越道→長野道→松本インター→安房トンネル→高山→荘川というルートで向かったチームもあったけど、ほんの少し松本回りの方が速かった)
まぁ1日中雨で取材は大変だったけど、まぁとりあえず無事に終わらせた。

で、取材も終わり近くになってだいちゃんから電話が。
「どうしたの? ラリー終わったんだろ?」
「はい…」
「結果は? 確か途中まで3位とか4位とか走ってたよな?」
「えぇ…3位にはもう少しだったんですけど…とりあえずご報告しておこうかと思いまして…」
「あ、ありがと。で、どうだったの?」
「リタイヤっす…」
「え~っ? なんで?」
「ギャップに突っ込んだら電スロが動かなくなりまして…」
「なんだ~、そっか~、残念だったな」
「はぁ、でもまぁ今度は上りでもベスト獲れましたし、まぁ得るものはありましたよ」
「そっか…まぁしょうがないよね、次を頑張ろうよ」
「そっすね…」
なんていう会話を交わした。
でも、彼はまだまだ進化しているようだ。
この先が楽しみだね。

それから、今回のラリーではJN3でも大波乱がっ!
なんとクスコ痛車のプロトンちんたろーが優勝してしまったとか!
リザルトを見る限り完走は4台。
久々のサバイバルラリーだったようだ。
でも、だいちゃんも言っていたけど、最初は良かったけど2周目になると路面もかなり荒れたとか…。
う~む…やっぱりクルマって丈夫さが大切なんだよな~(爆)。

とりあえず、参加したみなさん、
お疲れでした!

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2011年9月 1日 (木)

若気のいたり?

今週末は北海道で全日本ラリーがあるようだ。
アークのラリーは昨年は倶知安を中心に開催してたけど、ことしから洞爺湖を周辺で開催されるらしい。

北海道のラリーと言うと帯広周辺で開催されるインターラリーが有名で、帯広のあたりや陸別のあたりの道はフラットの高速ダートっていうイメージがあるけど、アークが長年開催してきたキロロのあたりの道は、ハイスピードなんだけどうねりが多くて、かなりクルマに負担がかかるラリーだったと思う。
ある選手に言わせると「ダンパーなんかワンラリーで抜けちゃうよ」なんて言ってたけど、まぁワンラリーで抜けるかどうかは別にしても、確かに足回りやボディに辛いラリーだったんじゃないかな。
その意味では、今度の洞爺湖周辺のラリーはどんな道を走らせてくれるのか凄く楽しみだ…つーか、オレは出ないから楽しめないんだけどね(笑)。
でも、詳しい人に聞くと結構いい道らしいから、できれば来年はオレも出たいなー。

で、洞爺湖って言うと内浦湾に面した地域にあるけど、それで思い出すのが昔のノースアタックラリー。
去年のジャパンでも使った某A線も走ったラリーだけど、夕張のマウントレースイを中心としたラリーで、レースイ線はコンクリートのグレーチングがあって、ワダチができるとアシがもげるんじゃないかって思うぐらいの道だったね。
まぁ今じゃいい思い出だけど(笑)。

で、何が言いたいかっていうと、ある年のラリーで夕張からの帰りの話。
あれは確か94年のノースアタックだったかな。
オレはあるチームでCA4Aミラージュに乗ってたんだけど、ナビがどうしても月曜の朝から仕事に行きたいという。
本当はナビだけ飛行機で帰ればどうってことはないんだけど、ナビはそんなカネないしオレだってない。
当時はバブルがはじけたあとだったけど、その余波もあってエントリー費や移動費なんかはチームから出ていた(今から考えれば夢みたいな話だけど)。
なので、ナビもラリー車に一緒に乗って帰ればカネはかからない。
というわけでふたりとも自走で帰ることにした。

ただ、問題は月曜の朝までに東京まで帰って来なきゃいけないってことだ。
なので、苫小牧や小樽からフェリーに乗ってたらぜってー間に合わない。
ということで選択したのが、函館まで自走で行って青函フェリーに乗って、青森から東北道を爆走して帰ってくるってパターン。
フェリーに乗ってる時間は4時間ぐらいなんだけど、青森~東京はおよそ800キロ。
たぶんアベ100でも8時間はかかる。
東京には朝の6時ぐらいには着きたい。
となると、青森港には夜の10時ぐらいに到着する船に乗りたい。
つまり函館には夕方の6時ぐらいには着きたいわけだ。

「あの~、今から函館まで行きたいんですけど、どれぐらいかかりますかね?」
と聞いたのは、当時はチームイスズのエースドライバーで北海道が地元のS選手。
「あ? 函館か? まぁオレなら2時間半だな、がははは」
とかって言われた記憶がある(笑)。
あ、そうなんすか、なんか以外に近いんだなって思ったんだけど…。
これが大きな間違いだった。

だって、地図で見てみると、夕張~函館って330キロぐらい。
おいおい、330キロを2時間半って……。
「大丈夫だよ、信号もねーし、全開でいけっからさ(笑)」
なんて言われたけど、そりゃ無理っしょ(笑)。
しかも、当時の高速は今より短くて、確か室蘭のあたりまでしか開通してなかったんじゃないかな。
つまり一般道を高速以上のハイペースで走らなきゃいけないってことで…。

当時は3台体制で走ってたんだけど、1台はチームオーナーで当然飛行機でお帰りに(笑)。
で、残りの2台が自走で帰路へ。
「よーし、しょんべんしたか~」
「忘れ物ないか~」
「死ぬ気で走れよ~」
とか何とかかけ声をかけて夕張を出発した記憶がある(笑)。
それが午後の2時半ぐらい。

で、一応自分なりに一生懸命走って向かったんだけど(一応、建前上は法定速度内で走ったと言っておきましょう)、結局フェリーに乗れたのは午後の8時すぎ。
結局6時間ぐらいかかったわけだ。
「なんだよ、Sさんのうそつき~!」
って愚痴った記憶もあるけど(笑)、それからフェリーに乗って結局青森港に降り立ったのが深夜12時すぎ。
そこからはもうあまり思い出したくない(笑)。

とにかく東北道を爆走。
もう時効だろうから白状するけど、大型トラックが併走してる脇を、路肩から2台で全開でパスしたことも…。
だけど、運が悪い時は何をやってもアンラッキーなことが続くものだ。
なんと白石あたりの先で事故で通行止め。
仕方ないのでそこから下道に降りて4号で迂回。
再び高速に乗ってまたもや爆走。
でも、何とか東京世田谷の自宅(当時)に朝の6時過ぎには到着することができた。

今から考えると、マジで「若気の至り」ってヤツだ(笑)。
800キロ6時間っていう記録はそう悪くないとは思うけど、たぶんもう2度とできないだろうな、そんなこと。

あ、もちろん法定速度内ですよ、走ったのは。
まぁ途中で何らかの理由でワープでもしたんだと思います。
でも、今から考えると良くやったよな~って感じだ。
良い子のみなさんは決してマネをしないように。
ただ、そういう昔話をするようになるってことは…。

歳食った証拠なのかな~(泣)。

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