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2012年12月

2012年12月22日 (土)

鉄人70号

ようやくPDの年末年始号が完成した。
いや、今月はマジで大変だった。
つーか、いつも校了は大変になるんだけどね。
毎月、すげー大変な思いをして、ぜってー来月は余裕を持って校了するぞって思うのに、またその次の月の校了のときになると同じことを繰り返してしまう。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」っつーコトワザはホントだな。

だけど、今月はマジでいつも以上に大変だったよ。
正直、もうシーズンも終了してるからイベント取材はほとんどない。
「遠征の取材がないんだったら楽勝だぜ、がはは」
なんて思ってたオレらがバカだったね(泣)。

つーのも、今月号は企画でデータマニアックスっていうのをやったわけ。
どんな企画かっていうのは、ぜひ本誌を読んでもらいたいんだけど、昔のPDでやっていた「データ総まくり」みたいなシーズンオフ企画。
競技結果から、いろんなデータを引っ張り出して遊んじゃおうっていうものだ。
ただ、昔のPDはラリーだけだったけど、今回はジムカーナやダートラでも同じようなことをやった。
例えばジムカーナやダートラなら「もしトライが1本目だけだったら誰がチャンピオンだった?」みたいな企画だ。
なんか面白いっしょ(自己満足だけど)。

ただ、言葉で言うのは簡単なんだけど、そのデータ整理が大変。
ことし開催されたリザルトから一定のデータを引っ張り出して、目的の企画に合うように並べ替えて…みたいなことを延々と続けるわけ。

もちろん作業はパソコンとにらめっこしながらになるんだけど、ずーっとエクセルデータと格闘してるから、もうエクセルは見たくないって感じになる(笑)。
しかも、オレはパソコンとの相性はまったくゼロだし(爆)。
もちろん、パソコンのプロだったらどうってことない作業かもしれないけど、実は編集部にもパソコンのプロはいるんだけど(元マック雑誌の編集をやってたヤツ)、そいつも最後の方はときどき机に突っ伏してうたた寝してたぐらい、やってもやっても終わらないって感じだった。

だけど、それ以上にかわいそうだったのは編集長のまんもさんだ。
まんもさんは当然のことながらラリーのデータ編集の担当だったんだけど、なんとデータ整理に3日間もかかったという。
しかも今月は年末年始が控えてるってことで、つまり印刷所が休みに入ってしまうので、いつもより早めに終わらせなきゃいけない、通称「年末進行」ってやつ。
オレがそういう仕事をするために編集部に行ったのは水曜日の午後早いうち。
で、編集部に到着した段階で、すでにまんもさんは丸1日編集部で作業をしていた。
そして、そこからも毎日徹夜。
本当にマジの徹夜で寝ていない。

オレは一度だけ帰らせてもらって3時間ほど仮眠したけど、まんもさんはずーっと作業。
もちろん、まんもさんにはう「帰って寝ましょうよ」と言ったんだけど
「いや、オレ、寝付き悪くて仮眠できないからいいよ。それに、これやらないと終わらないから」ってずーっとキーボードと格闘。
ぶっちゃけ、マジでやばいと思ったね。
ま、それはまんもさんだけじゃなくて、副編集長のタケイに関しても同じなんだけど。

で、ようやく本ができあがったのが夕べの午後8時。
本当は水曜日の朝がデッドだったんだけど、印刷所へのデータ入稿を、なんと2日も引き伸ばすという言語道断な事態となってしまった。
Img_1265
左奥で椅子に座ったまま爆睡してるのがまんもさん。
その手前で印刷所にデータを入稿するため、パソコンと格闘しているのが副編集長のタケイ。
ちょっと分かりにくいが、右隅でまたもや机に突っ伏して寝ているのがコーノ社長。
もう全員ヘロヘロです。

ちなみに、ようやく開放されてシャバ? に出た直後のまんもさんのコメント。
「オレ、70時間も起きてたみたい(爆)。その間、ずーっとパソコンに向かって原稿を書いてた気がするな」
まんもさんって、やっぱりサイボーグです。

ま、ある意味当たってるんですが(爆)。

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2012年12月10日 (月)

チョー緊張忘年会(汗)

土曜日は佐久で開催された忘年会に参加した。
土曜の昼間は幸田サーキットで毎年恒例となった1500日本一決定戦の取材。
で、そのあとに佐久まで爆走(汗)。
東名の岡崎インターから上信越道の小諸インターまではおよそ4時間。
忘年会は6時半スタートだったけど、取材が終わったのは5時ごろ。
カーナビで検索したら、小諸までは4時間。
多少の爆走? があったとしても、そりゃ間に合いっこないわな。
でも、どうせ朝まで呑むんだろうから、いずれにしろ酔っ払えるはず、と納得させる(爆)。

で、9時前ぐらいに小諸に到着(途中、中央道は雪がガンガン降ってたけど、とりあえず全開)。
もちろん、まずは大御所の平さんにご挨拶。
隣にはラリーを始めてすぐにチョー世話になったモテギさんをはじめ、コシさんとかスザワさんとか長野の重鎮の方々がいたので「ま、ま、ま、駆けつけ一杯」とか言われていきなりビールを3杯ぐらい一気呑み。

モテギさんは、オレがラリーをやり始めて2~3年の頃、浅間山荘がゴールのラリーで帰りにその下りでバイクと正面衝突したときに、クルマを預かってもらったり送ってもらったりと、スゲー世話になった人。
もう30年ぐらいになるけど、今でもまったくアタマが上がらない人なのだ(汗)。

で、次は当然のごとくアベさんにご挨拶。
「あ、ご無沙汰してます」
「おう、相変わらずおせーな」
「は、申しわけありません」
「まったくよ、で、なんだっけ?」
と話してるのは隣に座ってるへーちゃん。
やはりオレのことは眼中にないらしい(汗)。
でも、故D●Sではそれが当然なのだ。

さらにみなさんには
「相変わらずおめーはよ」とか
「だからおめーはダメなんだよ」とか
「いつも言ってるだろ?」とか
「まったくしょーがねーな」とか
そんなお言葉をたくさんちょーだいしたよーな気がする。
何と言っても、ビール→日本酒→焼酎とえらい飲まされてしまったので、それぐらしか覚えていません(泣)。
申しわけありません。

でも、やっぱりラリー屋の忘年会はいい。
一言しゃべればすべてが通じるっつーか、こっちの言わんとしてることを分かってくれるっていうか。

で、朝にはたっぷりと温泉を堪能させてもらい、もちろん下道で帰路へ。
笹子トンネルの事故があったので、本当は田口峠とかぶどう峠を越えて、秩父から八王子経由で帰ろうと思ったんだけど、とりあえず20号の状況がどんな状態なのか知りたくて、小諸→141→須玉→甲府→20号で帰ることに。

テレビの情報では20号がスゲー渋滞してるっていうことだったので、
「だったら笹子峠(マジ旧道)を通ればいいだろ」ぐらいに思ってたんだけど、峠は夏ぐらいから工事だかなんだかでずーっと通行止め。
で、仕方なく20号をそのまま進んだんだけど、やっぱり高速バスが大月までは20号を通るから、ペースはいまいち。
でも、もう冬だし高速が通行止めっていう情報が流れてるから観光客も避けてるのか、日曜の昼間だったけど渋滞はなかった。
まぁいつもの平日ぐらいのペースか。

トンネル事故について語るのはおこがましいけど、日本っていつもこういう事故が起こってからいろんなことを対処してる気がする。
天井板も撤去するのかな? もしするんだとしたら事故が起きてからじゃ遅すぎっしょ。
ま、自分も人のことは言えないんだけど。

事故に比べればオレの戯言なんてホントにちっちゃいことだけど、ラリホでリタイヤしたあとにショックをオーバーホールしとけば良かった…なんて後悔したり。

だからやっぱりオレはダメなんだな。

いずれにしろ事故で亡くなった方たちのご冥福をお祈りします。
合掌

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